2017/7/29 第7回(基礎編④) 課題設定ワークショップ

第7回(基礎編④) 課題設定ワークショップ

テーマ:課題設定ワークショップ
講師:安藤由香里さん(大阪大学大学院国際公共政策研究科特任講師)
   森本誠一さん(大阪大学産学共創本部特任研究員)、とよなかESDネットワークのみなさん
日時:2017年7月29日(土) 14:00~17:00
会場:とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ セミナー室1

 7月29日、とよなか男女参画推進センターすてっぷにて、課題設定ワークショップをテーマに、とよなか地域創生塾を開催いたしました。
 23名の塾生が参加。みなさんそれぞれの関心や問題が、地域の課題とどのように結びついているのかを、グループ内で意見を出し合い、合意形成を図りながら集約させる手法を学ぶために、ワークショップに取り組みました。

Ⅰ. PCM手法について

 今回、課題設定のワークショップとしてPCM(Project Cycle Management)手法を用いました。
 まず、先週の公開講座に引き続き講師をしてくださった安藤由香里さんより、PCM手法について説明がありました。

【安藤由香里さんによるPCM手法についての説明】

 PCM手法は途上国開発支援を起源とし、例えば、JICA(ジャイカ)(国際協力機構)のプロジェクトにおいては、必ず行わなければならないことになっています。通常は2週間で修了証が出る研修内容を、今回はおよそ3時間で行おうとしているのですべてはできませんが、実際のプロジェクトにも時間制限はありますので、時間を考えて取り組むことも重要です。
 各グループにはモデレーター(調停者、司会者)がいます。まず関係者分析に時間をかけてください。そして問題分析を行い、各グループに結果を発表していただきます。今日のワークショップは時間が限られているので、そこまでです。その後の目的分析などは手法のみお伝えします。 
 このワークショップでは、

  1. 塾生それぞれがもつ問題関心が地域の課題とどのように結びついているか、問題の原因は何かについて視覚的に明らかにする (可視化する)。
  2. グループ内で互いに意見を出し合いながら、多数決ではなく、全員が納得するコンセンサスによって合意を形成する(少数者の意見が消えてしまってはよいプロジェクトはできない)。
  3. PCM手法を知り、塾生それぞれのテーマ発見につなげる。

以上の3点がねらいです。

 プロジェクト・サイクル・マネージメント=PCMは、現状における問題を特定し、問題の原因を分析し、解決策を探り、実行計画をプロジェクトとして形成する問題解決型のプロジェクト・マネージメント手法です。
 PCMは1960年後半のアメリカでつくられたログ・フレームにはじまり、その後、改良が重ねられ、日本には1990年代に入ってきました。JICAへの導入は1994年です。
 PCM手法の特徴は、

  1.  一貫性:計画・実施・評価というプロジェクト・サイクルの全課程を一貫して運営管理できる。
  2.  参加型:さまざまなプロジェクト関係者が参加するワークショップをつうじてプロジェクトの運営管理がなされる。立場の異なる人びとの視点をひろく取り入れることにより、衝突や軋轢、プロジェクトによる否定的な影響などを議論の場に引き出し、積極的に解決することを意図する。
  3.  論理性:PCM手法の分析段階、とくに問題分析および目的分析の段階では、「原因-結果」および「手段-目的」といった因果関係にもとづいて現状が分析される。論理性は、PCM手法の基本原理となっている。

 これらの特徴は、プロジェクトの説明責任、透明性といった社会的責任の履行を担保します。単なる情報公開だけでは説明責任や透明性を満足させることにはならず、その情報の内容が一貫していることや論理的であることが要求されるからです。
 PCM手法の利点は、

  1. 的確で効率的な運営管理
  2. ニーズに応じた立案
  3. プロジェクトの透明性の確保
  4. コミュニケーションの促進

があげられます。

 PCMワークショップのルールですが、

  1. 自分の考えをカードに書く(他者の考えは書かない)。
  2. 1枚のカードにつきひとつのアイデアを書く。
  3. 具体的な内容を書く。
  4. 簡潔な文章で表現する。
  5. 事実を書き、抽象論や一般論は避ける。
  6. 議論の前にまずカードを書く。
  7. カードを取り除くときは、コンセンサスを得る。
  8. 誰が書いたかは問わない。

 以上にもとづいて、今回のワークショップは次の手順で分析を進めます。

〔ステップ1:関係者分析〕
  1. プロジェクト関係者をすべて書き出す。
  2. 書き出した関係者を類別(実施者、意思決定者、協力者、出資者、受益者、顧客等)。
  3. 類別した関係者集団から、重要な関係者を選ぶ。
  4. 選ばれた関係者を詳細に分析(基本情報、問題、弱み、可能性、解決策等)。
〔ステップ2:問題分析〕
  1. 現状における主要問題を列挙する。
  2. 中心問題を決める。
  3. 中心問題の直接原因を、中心問題の一段下に並列する。
  4. 中心問題が直接原因で引き起こされる課題(問題)を、中心問題の一段上に並列する。
  5. 問題を原因-結果の関係で整理し、系図を上下に発展させる。

Ⅱ. PCM手法をもちいたワークショップ
【グループでのワークショップ】

 安藤さんの説明を受けて、塾生のみなさんはA~E班の5つのグループに分かれて、PCM手法を用いた課題設定のワークショップに取り組みました。

 安藤さんより示された設定は、「マチカネワニ地域トヨナカ国」という架空の地域における課題でした。トヨナカ国はマチカネワニ地域の北に位置し、アトム国、リボン国、レオ国に接しています。マチカネワニ地域全体が少子高齢化に直面しており、周辺国同様、トヨナカ国でも積極的な取り組みがなされていますが、特に今年は、就労支援、待機児童ゼロ、空き家問題を解決したいと考えているという設定です。その設定を数値化した世帯数や人口の増減、性別・年齢別人口などのデータも併せて参加者に資料として配布されました。
 各グループには、森本誠一さんと、とよなかESDネットワーク(TEN)のみなさんがモデレーターとして入り、進行にあたりました。
 おそらく多くのかたにとって初めて取り組む手法で、かつ限られた時間でしたが、どのグループも、時には行き詰まりつつも、全員参加で活発な意見が交わされ、合意のうちに模造紙をカードが埋めていったようでした。

【問題分析の結果について各グループからの発表】

A班:中心問題は、「多世代交流を企画したオーナー」となった。就職したいが就職が怖い若者、子育てノイローゼ寸前の若いお母さんといった人びとがいるのを知って、実際に多世代の交流を企画したかたがいたので、中心問題とした。協力者、企業、行政、当事者というグルーピングをして話し合ったが、ほんとうに困っている人に支援が届かない、引きこもりの人はさらに出にくくなる、子育てをしている母親は誰に悩みを相談したらよいかわからない、といった課題が出てきていると思う。原因としては、これは支援者ということになるのだろうが、引きこもりに関する情報が少ない、資金が少なく活動範囲が狭いといったことが考えられる。そして、引きこもりについての定義はないのではないか。もし定義されたとしても、それにあてはまる人はみな引きこもりとされてしまうのも怖いと思う。

B班:中心問題は「若者の引きこもり」。このような人びとは多元的な支援を受けられない状況に置かれていると考えた。原因としては、メディアなどでは社会的な問題という視点が多いようで、B班でもはじめはそのように捉えていたが、話し合っていくうちに個々の問題もあるのではないか、ということになった。それは、親から自立できていない、親との関係がよくない、コミュニケーションをとりたくない、コミュニティに入れる自信がないなどといったこと。それで安全な場所を求めて引きこもってしまうのではないか。核家族化が進み、通信手段の変化などで限られたコミュニケーションの中にいる。社会的な原因としては、相談する相手や場所がない、必要な情報が届かないといったことがあるのではないか。

C班:A班、B班でも取り上げられたが、C班も中心問題は「引きこもり」とした。就労支援、待機児童ゼロ、空き家問題というマチカネワニ地域の3つの課題の重なる点に引きこもりがあるのではないか。引きこもりについて、多くの人がわかっていない。そこに表れているように、さまざまな問題の中心に、周囲の理解がたりないという大きな課題があるのではないだろうか。

D班:中心問題は「就職支援」。支援を受ける人、サポートする人、雇う人、雇用されるまでの過程で関わる地域の支援者、行政、ソーシャルワーカーなど専門的なスキルをもつサポーターと関係者分析を行い、話し合った。問題の原因としては、身体や精神の障がいなど、個人の特性、また周囲からのものとして親や子どもといった生活環境から、働けない、就職しても続かないということになっているのではないか。また、働く機会をもたらす場所や情報との接点がないといったこともあるのではないか。これらが原因となって働きたくても働けない、続かないので、経験が積めない。そのため再就職につながらない、という連鎖があるのではないか。そのような状況においては、地域の支援者の役割が大きいのではないかというところまで話し合った。

E班:中心問題は「就労困難者」とした。当然、収入が少ない、という結果が想定される。原因としては、障がいがあって受け入れられない、持病がある、引きこもりの状態である、女性である(男女雇用機会均等法があっても現実には女性は厳しい立場に置かれることが多い)。身近に介護を必要とする人がいる、子どもをあずけるところがない、自分が高齢である、といったことなど。これらが原因となって就職困難となる。近年は住居費も高いので資金もなく、スキルを磨く、資格を取得するといったこともできず、さらに就職を困難にする。能力をもっていても生かせる場がない。したがって希望ももてず、自信もなくなる。収入がなければ借金も増える。先に挙げた原因から考えられる改善策は、外に出にくい状況にある人びとの在宅勤務、能力を生かせる職場づくり(事業所等の理解が求められる)、幼稚園が保育所としての機能をもつ、学校帰りの子どもの居場所をつくる、空き家を生かした居住空間、経験を増やすプロジェクトを企画し参加を促すなど。

Ⅲ.全体のふりかえり

 ワークショップを終えて、安藤さんより全体のふりかえりのお話しがありました。

 各班の発表を聴いて、同じ設定をもちいて取り組んでも、グループによって違いが出てくることがわかったかと思います。その結果にいたるプロセスも違います。いっぽうで似ているものもありました。
 今回は十分な時間がありませんでしたが、本来はお互いの発表を聴いたうえで、グループでの話し合いをさらに続けていきます。発表にふれて、お互いを見ることで、新しい視点、自分たちが気づかなかったことも見えてくるので、次の話し合いに生かせるのです。

 では、質問ボードに貼られていたカードの質問にお答えしていきます。
 まず「中心問題の決めかた」ですが、実際にプロジェクトを進めていく際には、時間もお金も限られています。中心問題は、書かれたカード(可視化された問題)の中から、優先問題を、多数決でなく、コンセンサスで決めてください。一致が難しい状況も想定されますが、反対する人がいるなら、どうして反対なのかをとことん聴いてください。しっかりと聴いていく中で、反対者が同意者に変わることがあります。

 次に「問題系図のつくりかた」です。中心問題を決めて、その上に結果、中心問題の下に原因をどんどん挙げていくという書きかたに戸惑われたと思います。わたしたちは問題に対して「なぜ?」と問います。そこで「なぜなら……」ということを考えていきます。この論理形成をしていくことで、問題系図がつくれるのです。どうしてこういったことが起こっているのか?なぜ?と考えることで、何が問題なのかが見えてくるのです。
また、問題を書き出すには、主語と述語がたいせつです。何がどういう問題なのかを明確にし、グループで共有するためには、とても重要です。

 今回は時間に非常に厳しい形でワークショップを行いました。実際のプロジェクトにおいても期日は決まっていますから、タイム・マネージメントは大きな課題です。お金についても限られています。そういった制限のある中で、参加型かつ可視化の手法で取り組み、できるだけ多くの要望、ニーズを吸い上げることはたいせつです。一部の人だけで話し合えば、声の大きい人の意見が通ってしまいます。「原因-結果」を行き来する悪循環に陥るのではという質問もありましたが、その悪循環を断ち切るためにも、参加型でコンセンサスによって合意形成していく手法が必要なのです。

 「PCM手法はよく地域の課題においてもよく使われているのか」という質問もありました。自治体にも取り入れられています。また企業の研修などにも使われていますし、学生たちには就活にも生かせることを伝えています。みなさん自身にとっても、自分のプロジェクト、たとえば今後の人生を考えるといったときにも役立ちます。

【会場からの質疑応答】

Q.今日は時間的にはたいへん厳しいかたちでしたが、実際にはPCM手法にはどれくらいの時間をかけますか。
A.〈安藤さん〉今日行った、関係者分析から問題分析までして、さらにその結果をフォーマットにしなければなりませんが、そこまでで3日ほどかけて行います。

Q.関係者分析において、どのような人を関係者に選べばよいでしょうか。
A.〈安藤さん〉関係者を選ぶには、何がいちばん問題で、何を解決したいのか、そして、そのためには誰にアプローチすれば最も効果的かを考えます。

Ⅳ.ワークの説明

 この日のワークショップはここでタイムアウト。そこでPCMによる計画づくりの全容について、安藤さんから補足説明がありました。

〔ステップ3:目的分析〕
  1. (ステップ2で作成した)問題系図で望ましくない状態を、問題が解決された状態に書き換える。→本当に望ましい状態か、実現可能か、必要十分かを検討する。
  2. 必要ならば目的を変更、さらなる手段を追加、不要な目的を削除等修正する。
  3. 問題系図の手段-目的を再度確認する。

〔ステップ4:プロジェクトの選択〕
  1. (ステップ3で作成した)目的系図で、プロジェクト原型を構成する枝葉を確認し○で囲む。
  2. ○で囲ったグループの目指す目的と戦略を確認。
  3. プロジェクト代替案として不適切なもの、実施困難と考えられるものを、比較の対象から除外。
  4. 残った代替案を比較するための比較基準を選ぶ。
  5. 比較基準をもちいて、代替案を比較検討。
  6. プロジェクトとして採択する代替案を決定。
    (比較基準の例)
    -ターゲット・グループの規模等・受益者/顧客のニーズ
    -政策的/経営的優先度
    -必要な資源(リソース)・費用・費用便益比
    -技術難易度・目的達成可能性・リスク
    -予想される負の影響・その他
    -プロジェクトの選択の例
    -代替

 これまでPCM手法をもちいた分析などを経験されたという塾生はほとんどいらっしゃらなかったでしょうし、またたいへん限られた時間でした。しかし、どのグループも、とまどいや疑問にぶつかりながらも、手法の理解に努めつつ、互いの経験や思いを生かしながら、示された設定にもとづいてワークショップに真剣に取り組んでおられることが、会場全体に満ちた熱気から伝わってきました。
 コンセンサスによる合意形成の重要性が何度も強調されていたことが印象に残りました。容易ではありませんが、わたしたちが問題や課題に向き合う時、それを解決しようとする時、コンセンサスはその礎になるものではないかと思いました。それは前週の多文化共生についての公開講座で、最後に安藤さんがおっしゃった「誰もが幸せになれる社会をつくっていくこと」につながるように感じます。
 参加された塾生のみなさんは、今回のワークショップを通じてさまざまな感想をもたれたことでしょう。その一つひとつが、次につながるたいせつな一歩であると思います。