2018/9/29 第10回(理論編④)【公開講座・第4回】幸せなまちを紡ぐ市民と行政のコラボレーション

第10回(理論編④)【公開講座・第4回】 
テーマ:潜在能力アプローチ

タイトル:幸せなまちを紡ぐ市民と行政のコラボレーション
講 師:草郷孝好さん(関西大学社会学部教授)
日 時:2018年9月29日(土)13:00~15:00
場 所:豊中市教育センター 教科教育研修室 

 私の専門は開発学で、「より善い生き方を育む社会創り」をテーマとしています。本日のタイトル「幸せなまちづくり」について、どのようにすればそのような地域つくっていけるのかについて考えていきたいと思います。

1.私たちが直面する課題と持続的社会の構築

 日本の人口は、2060年には8000万人まで減少するとも言われています。しかし明治時代には3000万人台で国は維持できていました。問題は、世代の構成および、都市と農村での地域格差による人口の偏りが生じることです。
 一方、社会の課題は人口問題だけではありません。貧困問題や多文化共生など、個別の課題は多岐にわたり複雑化しています。持続的社会実現の過程において、どのような課題があるのか、どのような長所を生かしていくのかを考えていく必要があります。
 また、国際的な動きとしては、国連が「持続可能な開発目標(SDGs)」として17領域にわたる開発目標を掲げています。私たちは、世界全体でどのような動きをしているのか、それに対して日本はどのようにコミットしているのかを知っておく必要があります。もしも、豊中における様々な地域の課題を解決することができたのであれば、SDGsに掲げた目標に近い状態になっていることが望まれます。
 人口減少、高齢化、地域間格差の進む中、多種多様な社会課題に向きあいながら持続する地域社会を作るというチャレンジが求められているのです。

2.市民の幸せを醸成する健幸社会づくり
(1)なぜ市民の幸せには健幸社会が必要なのか?
〇近代化モデルの描く豊かな社会

 日本は近代化を進める上で、高度な産業化を進めることによって生活水準を高め、豊かさを享受することによって経済成長する手法をとってきました。指標となったのがGDPです。経済成長すると生活が改善し、生活満足度がアップする仮説を採用したのです。結果、所得は増加し、高校・大学への就学率がアップしました。医療も充実し、日本は長寿国の仲間入りを果たしました。
 しかし、「国民生活白書」(平成20年)によると、「GDP」が増加しているのに反して1980年代後半には「生活満足度」が低下していることが示されています。冒頭において人口の地域間格差の現状を指摘しましたが、これは、経済成長によって生活を豊かにするという戦略が有効でなくなっている結果であるといえます。

 内閣府「平成23年度国民生活選好度調査」(平成24年3月実施)によると、日本人の幸福度は10点満点で平均は6.4点ぐらいで、男女別にみると女性の方が高くなっています。幸福度に影響を与える要素としては、「家計の状況」「健康状況」「家族関係」がいずれも60%以上と高くなっていますが、「地域コミュニティとの関係」については、この調査では10.2%となっています。しかし、農山村で調査すると40%ぐらいになります。暮らし方や地域社会のあり方の違いがデータに反映されるといえるでしょう。

 内閣府「国民生活に関する世論調査」(各年)によると、「これからは心の豊かさやゆとりある生活が大事」「物の豊かさがまだまだ大切」を上まわる時期があることがわかります。それはバブル直前の1984年でした。経済成長をすれば幸福になるとは限らないということが証明されて、経済成長モデルに代わる新しい社会発展モデルが求められるようになりました。

〇「社会発展モデル」見直しの動き

 1960~70年代、高度産業化による経済成長(近代化)モデルの行き詰まりが明らかになり、カーソンの「沈黙の春」やシュマッハー「スモール・イズ・ビューティフル」などの著書が関心を集めました。1992年「国連環境開発会議(地球サミット)」や2012年「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」などの流れが2015年「持続的発展目標(SDGs)」採択につながります。
 持続する幸せ社会を推進する動きとしては、まず2004年にOECDが「社会進歩指標に関するグローバルプロジェクト」を立ち上げ、「より良い暮らし指標(Better Life Index: BLI)」も開発しています。
 2008年にリーマンショックが起こりましたが、それを契機として翌2009年、フランス政府の主導で、スティグリッツ、セン、フィトウシら監修した報告が出されました。この中で幸福や持続的な社会づくりについて述べられており、World Happiness Report(コロンビア大学ほか)作成の契機ともなりました。日本でも、内閣府によって「幸福度に関する研究会」(2010~2013年)が開催されています。

〇持続する地域社会生活アプローチの有用性

<人間開発・潜在能力アプローチとの整合性>
 私は、「潜在能力アプローチ」がこれからの望ましい社会をつくるための全てであるとは思っていません。しかし、重要な柱であるといえます。センという経済学者は、経済的合理性を批判すると同時に、より良い人生を送るためには選択の自由が必要であると考えました。そして、ウェルビーイングや人間開発(基礎生活、教育、医療)の重要性を唱えました。インド出身のセンは、どのような状況で生まれたとしても、その人の能力が発揮できることが大切だと考えたのです。
 また、日本の経済学者である宇沢弘文は、すべての地域に社会的共通資本の整備が必要であると述べました。「社会的共通資本」とは、「自然環境(大気、水、森林、河川など)」「社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道など)」「制度資本(教育、医療、金融など)」をさします。

<ウェルビーイングの要素と実現>
 ギリシャ哲学の研究者であるマーサ・ヌスバウムは、「潜在能力アプローチ」を社会に応用するための方法について考え、環境、政治的自由、連帯、実践的理性など10の項目を立てました。
 また、ヌスバウムは、「潜在能力」を3段階に分けました。

(1)基礎的な潜在能力
 生来の素質、高度のケイパビリティを達成するための必要な基礎・道徳的関心の基礎。見る、聞く等。
(2)内的化された潜在能力
 個々人が基礎的ケイパビリティを発展させ、個々人の持つ機能を実践できる力。言葉を話しうる、愛しうる、政治的な選択を行いうる等。学校などの物理的、社会的支援が必要。
(3)潜在能力の結合的発現
 個々人が、個々人の持つ内的ケイパビリティによって持って入る機能を発揮するために適切な外的条件が存在している状態。社会のあり方として、法制度、慣習の重要性。

 (1)(2)は個人単位の潜在能力の話です。(1)(2)を踏まえて、潜在能力が社会とどのように関係しあうのか、(3)が重要になります。一人ひとりがどんなに力を磨いたとしても、それを発揮できるように社会が条件を満たしていない限り、その力を生かすことができないということです。

<内発的発展のアプローチとの整合性>
 社会学者の鶴見和子による「内発的発展論」では、社会の構成メンバー自身による主体性が、社会発展に結びつくと考えました。ヌスバウムが社会制度の重要性を指摘したことに対して、鶴見は社会発展の内発性を重視したのです。

〇健康で幸せな社会(健幸社会)とは

 以上を踏まえて「健康で幸せな社会」について考えてみましょう。そこでは「生活の質」を高めることと、「持続的環境」を実現することの両輪が必要です。
 そこでは、次の3つの考え方が関わっています。

(1)潜在能力アプローチ(セン、ヌスバウム)
 人権が保障され、個性や潜在能力を生かしながら、多様な生き方ができる社会
(2)内発的発展論(鶴見和子)
 市民が社会のデザインに関わり、社会づくりを主導する社会
(3)社会的共通資本の考え方(宇沢弘文)
 人間らしく生活するために欠かせない基礎的な備え(制度、施策、設備)のある社会

〇持続的生活改善アプローチ

 さらに健幸社会を実現していく上で鍵となるのが、個々の能力を活かしながら、公正で持続的な社会を目ざす「持続的生活改善アプローチ」です。

〔持続的生活改善アプローチ展開の6原則〕
 ①当事者目線で問題と向き合う
 ②当事者自身が問題解決に動く
 ③当該地域と地域外との関係を意識する
 ④行政と市民の協働
 ⑤4つの持続性(制度、社会、経済、環境の諸側面)
 ⑥柔軟で長期的な視点を持つ

(2)協働型アクションリサーチの可能性

 「アクションリサーチ(実践的研究)」とは、組織あるいはコミュニティ当事者(実践者)自身によって提起された問題を扱い、その問題に対して、研究者が当事者とともに協働で問題提起の方法を具体的に検討し、解決策を実践し、その検証をおこない、実践活動内容の修正をおこなうという一連のプロセスを継続的におこなう調査研究活動のことです。
 アクションリサーチは、住民(当事者)自治の基礎基盤を支援するものです。つまり、住民が地域のビジョンを掲げて、そのビジョンを実現していくためのアイデンティティをデザインし、主体的に実行していくこと(当事者のイニシアティブ)です。そこでは住民と行政の協働による創造活動が必要であり(共創)、活動自体の過程に目を向ける(プロセス重視)が大切になります。
 特色としては、これまでは研究者が担ってきた調査研究を、地域住民が研究者と協働して行うことにあります。
 健幸社会を市民主導でつくるためには、持続的生活改善アプローチの6原則を体現するアクションリサーチが有効です。アクションリサーチの事例から実践知を掘り下げ、その学びを共有していくことで健康な幸せな社会づくりを支援していくことを目ざしています。
 ポイントは、市民自治の力をいかに引き出すかにあります。特に、行政と住民、住民同士など地域に関わる当事者同士が対話し、協働する「共創」が重要です。また対話や協働の過程を重視する「プロセス」を重視します。
 さらに、協働型アクションリサーチにおいては、ステークホルダーは、市民、行政、研究者の3者になります。それぞれが当事者性を意識することが重要ですが、その中でも行政がいかに協働を志向できるかが問われることを加えておきます。
 以上のような形で市民イニシアティブを醸成し、地域のビジョンを創り、そのための方策としくみを練り、主体的に活動に取り組み、健幸社会を生成いていきます。

<参考文献>
草郷孝好編著『市民自治の育て方』関西大学出版部、2018年

3.地域レベルでの協働型アクションリサーチの実際 ~長久手市の幸せのモノサシづくりと実態調査隊~

 愛知県長久手市は、住みやすさランキング全国2位、15歳以下の人口が65歳以上の人口を上まわっているまちです。私はこの長久手市の「幸せのモノサシづくり」に、アクションリサーチ手法によって協力してきました。その取り組みを紹介します。

<参考>ながくて幸せのモノサシづくり
https://www.city.nagakute.lg.jp/keiei/shiawasetyousatai.html

 まず「幸せのモノサシづくり」支援にあたっては、次のことを心がけました。

  • 住民と行政の協働により、長久手市のもつ潜在的な力を引き出していくことを念頭に置く。
  • 今後の長久手のまちづくりにおいて、協働を内部化し、継続していくための創造的なプロセスを重視する。
  • 共創の過程を(研究者である私が)支配しない。
  • 既存の考え方や偏った味方を変えるチャンスを逃がさない。
  • この取り組みから学びを市町村に紹介する。

 手ごわいのは数々の固定観念ですが、これらを揺るがすアクションを起こしてきました。例えば、「研究は研究者や専門家に任せておけばよい」という考えに対しては「問題に向き合う当事者が調査に関わるしくみを提案」しました。「住民には、行政の企画する活動に参加してもらえばよい」という考えには「住民には企画から実行まで活動に関わってもらうこと」を語りました。「役人や専門家には、意見を言うべきではなく、丁寧につきあうもの」という考えには「ニックネームで呼び合い、対等な関係で対話できる多様な発想の場」をつくることを心がけました。

 市民生活と地域の状況を確認する「ながくて幸せ実感アンケート」の実施にあたっては有志の市民と若手行政職員による「ながくて幸せ実感調査隊」を立ち上げ、ワークショップ手法によって調査票を作成しました。最初は私がファシリテーションをしましたが、私が不在のときも集まりたいという希望が出てきたことから、市民と行政職員の混成チームで進めるようになっていきました。
 活動内容は、まず第1段階として、長久手市民のよりよい生活に欠かせない8つの要素を確定しました。第2段階として「ながくて幸せ実感調査」というアンケート調査を行いました。第3段階として、アンケート調査の分析をチームで行い、「かわら版」や報告書を作成して情報発信しました。
 調査内容についてグループが最も驚いたのは、「地域とのつながりへの意識は高くなく、困ったときの相談相手は市外に多いが、地域活動に積極的な人は幸福度が高い」という傾向があったことでした。結果、どのようにすれば地域への関心が高められるかということを継続して考えていくことになりました。
 調査隊メンバーの意識も変化しました。事務局は準備は怠らないけれども、細かな段取りを示さない方が自発性が発揮されて議論が活発化することを学んだり、共に活動する中で市民と行政職員との関係性が変わったことなどが感想として寄せられました。
 一方、幸せのモノサシを持つだけでは地域住民の意識や行動は変わりません。そこで、調査隊のメンバーによって「幸せ広め隊」を結成することになりました。実際に地域で活動している人を取材し紹介していく取り組みへと発展し、現在も継続しています。
 以上の取り組みは、昨年度「ながくて幸せのモノサシづくり報告書」としてまとめられました。一連の活動には多様な形で市民が関わっていますが、自分ができることを地域の中に生かす試みでもありました。そのひとつひとつが先ほど触れた内発性の事例ともいえるでしょう。

4.まとめ~健幸地域を育む市民と行政の協働~

 前半にお話した通り、人口減少、高齢化をはじめ社会問題が複雑化していますが、同時に、持続可能な地域社会を築いていくチャンスであるともいえます。
 長久手の事例からいえることは、順調と思える今のうちに、将来を見据えて地域の仕組みを変える必要があるということです。変えていく方向性としては、住民が自ら動くこと。地域行政の仕組みを変えていくことで、住民の持つ行政依存意識を変え、主体性を引き出すことができます。
 当事者の主体性を生成するための支援には、協働型アクションリサーチが有効です。アクションリサーチはアクションデザインであるともいえます。「つくる」作業、創造性をもって地域創りに取り組んでいくことができればよいと思います。

 講師の草郷孝好さん(関西大学社会学部教授)

◆グループワークの実施◆

 草郷さんからのレクチャーを踏まえ、4~5人でのグループワークを行いました。
 次の3つのテーマについて意見を出し合い、全体テーマ「健幸なまちとよなかを目ざそう!」について検討しました。

テーマ1:「健幸なまちとよなか」を具体的にイメージしてください。

テーマ2:「健幸なまちとよなか」に欠かせない、とよなかならではのものはありますか?また、健幸なまちになるために克服すべき課題はありますか?具体的に出してみてください。

テーマ3:とよなか市民(あなた自身!)と行政がこんなことに協働で取り組めば「健幸なまちとよなか」になれる!という具体案を出し合ってみてください。